下仁田・ 沼田さん一家 老舗食堂の継承を 決意 店中心の将来像 描く

優しく客を出迎える(左から)香輝さん、秀夫さん、房子さん

川崎市出身で、「味の伝承」を任務とする地域おこし協力隊の沼田香輝(25)=下仁田町下仁田。老舗食堂「一番」で修業を始めてから間もなく丸2年になる。厨房(ちゅうぼう)では「いらっしゃいませ」と元気な声を響かせ、メニューの全てを作れるようになった。

「きょうも寒いね。タンメン一つ」。常連が底冷えから逃れるように「一番」に入り、お気に入りの席でいつものメニューを待つ。ギョーザを焼く鉄板や、かつ丼用のとんかつを揚げる油に、客の活気が加わって温かい店内には次々と人が集まってくる。

「一番」にはレシピ帳がない。大串秀夫(79)、房子(79)夫妻が培った「下仁田の味」にたどり着くため、香輝は2人の細かな動きから調理のポイントを学び、絶妙な塩加減などは舌に覚えさせた。

最初こそ、秀夫が包んで焼き上げるギョーザ、房子が中華鍋を振るって炒めるタンメンの具でなくては「一番」の味ではないという客の思いを感じていた。だが、次代へ味をつなげるという強い思いを抱き続けたことで「やっと少しずつ認めてもらえてきたかな」と照れ笑いを浮かべる。

昨年8月に生まれた長男の旺己(おうき)は、近所の住民から自宅に招かれたり、「一番」の常連に顔を見せに行ったりと引っ張りだこ。「気付くとすぐに夜。時間を忘れて子育てしている」。妻の優希(29)は、充実した表情を浮かべる。香輝は「一緒に遊べる日が待ち遠しくてしょうがない」と話し、おもちゃを箱から出してリビングに並べている。

目の前の出来事を楽しみながら、家族の時間を大切に子どもとたくさん触れ合える家庭を築きたいと思っている。旺己が友だちと一緒に店ののれんをくぐって来る。描く将来像には「一番」があり続ける。

地域おこし協力隊の最長任期は3年間。周囲から今後について聞かれることも多くなった。「味の伝承」はもちろんだが、香輝は「この店を守っていきたい」と考えている。着任当初は出店という選択肢もあったが、2年間で「一番の二代目になりたい」という明確な目標ができた。仲間の「サポートするから」の後押しが心強い。

開店以降、店を守ってきた大串夫妻も信頼を寄せている。秀夫は静かに「本当によく頑張っている」とつぶやく。言葉少なだが、香輝に向けるまなざしは温かい。

「すみません、ありがとうございます」。客への感謝の意がこもった3人の声が、厨房で重なった。

(敬称略)